シャーラマール庭園(ラホール)― 吉田博が描いたムガルの庭園
シャーラマール庭園(Shalimar Bagh)は、パキスタン・ラホールにあるムガル時代を代表する庭園です。17世紀、ムガル皇帝シャー・ジャハーンによって造営され、水、光、建築が調和した理想的な庭園として知られています。現在はユネスコ世界遺産に登録され、パキスタンを代表する歴史的名所の一つです。
日本人芸術家・吉田博とシャーラマール庭園
20世紀初頭、日本の木版画家 吉田博(1876–1950) は、《シャーラマール庭園、ラホール》という作品を制作しました。この木版画は、水面に映る人々、樹木、そして大理石建築の静かな反射を見事に捉えています。
この作品が特別なのは、現在では失われてしまった風景を記録している点です。絵に描かれている高木の多くはすでに存在せず、中央に見える大理石の建物も、時代の変化とともに姿を消しました。
失われた大理石のパビリオン
吉田博の作品に描かれている大理石の月見台(マフタービー)は、現在のシャーラマール庭園では見ることができません。そのため、一見すると想像上の建築のようにも見えます。
しかし、1908年に出版された古い写真を見ると、実際に水槽の中央に大理石の建築が存在していたことが確認できます。この建物は、左右の大理石パビリオンとつながっており、元の大理石はアムリトサルのラム・バーグ建設のために持ち去られたとされています。
2008年に発行されたパキスタン政府の資料では、大理石の屋根は残っているものの、柱はすでに赤い石材に置き換えられている様子が確認されています。
水と光を重視したムガル庭園
シャーラマール庭園の設計において、水は最も重要な要素でした。シャー・ジャハーンは、庭園に水を供給するため、特別な運河を建設させました。噴水、水路、水盤が連なり、光と水の反射によって涼やかで静かな空間が生み出されています。
水と光の関係を追求していた吉田博が、この庭園を題材に選んだことは、非常に象徴的です。遠く日本から訪れた芸術家が、このムガルの楽園に魅了されたことは想像に難くありません。
新版画運動と吉田博
江戸時代の終焉とともに、浮世絵木版画は次第に衰退していきました。それを復興させるために始まったのが 新版画(しんはんが)運動 です。吉田博は、この運動を代表する芸術家の一人でした。
彼は油絵や水彩画ですでに成功を収めていましたが、西洋で高まる日本版画への関心を受け、木版画制作に力を注ぐようになります。1920年代には、北米、ヨーロッパ、インド、東南アジアを精力的に旅しました。
南アジアを描いた吉田博の作品
吉田博の南アジア作品は、自然風景だけでなく、人々の生活や宗教建築を積極的に取り入れている点が特徴です。モスク、グルドワラ、寺院、市場の人々などが、敬意をもって描かれています。
ラホールでは、郊外から見た街の昼景と夜景、そしてアフガン商人の隊商なども作品に残されています。1930年の旅には、息子であり画家でもある吉田遠志が同行しました。
現在も続く評価と展示
吉田博の南アジア版画は、現在も高い評価を受けています。1999年にはスミソニアン博物館(アジア美術館)で全32点が展示されました。
2015年にはオックスフォード大学アシュモレアン博物館で「Hiroshi Yoshida: A Japanese Artist in India」と題した展覧会が開催され、2024年には同館が《シャーラマール庭園》の版画を新たに収蔵しました。
現在のシャーラマール庭園を訪れる
現在のシャーラマール庭園は、当時のすべてを残しているわけではありませんが、水路や段丘構造から、ムガル時代の壮麗さを今も感じることができます。
ラホール市内を巡る1日観光ツアーは、以下のページからお申し込みいただけます。 https://www.travel-culture.com/tours/lahore_city_tour.shtml このツアーでは、シャーラマール庭園も訪問します。
シャーラマール庭園は、ムガル帝国の美意識と、日本人芸術家・吉田博の感性が交差する、歴史と芸術の象徴的な場所です。
